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三英傑のそろい踏み。金ヶ崎の退き口。

(2015年09月20日)

さてと解体屋のおじさんです、今晩は。
先週は三河一向一揆を述べたので、今日は信長との同盟の後、はじめて信長が負けた話。

金ヶ崎の退き口を述べたいと思いますが。

この戦いでしんがりを務めたのが、秀吉と家康。
信長も含めてのオールラウンドプレイヤー、三名揃ったわけですが。

先にwikiから抜粋します。

「織田信長が越前(福井県)の朝倉義景を攻撃したところ、同盟関係にあった妹婿の小谷城(琵琶湖東岸)の浅井家の裏切りにあい、挟撃の危機に瀕したため、木下藤吉郎と信長の同盟軍の徳川家康が後衛(家康の後衛に疑問をもつ向きもある)となって、信長本隊が信長勢力地まで帰還するのを援護した戦い。
敦賀口における金ヶ崎城(敦賀市)攻略自体はすでに成功していたが、浅井家離反の情報を受けて、おおよそこの地で信長軍の撤退が始まり、木下藤吉郎の殿軍は最初にこの地を拠点にして撤退戦を行った。」

しんがりって難しいんですよ。負け戦だから退却している訳でして。
しかも、勝ち戦で波に乗っている敵兵の猛攻を受けながら退却しなくてはならない。

敵幹部の首が有っても無視して退却しなくてはならない。猛攻を受け流し、味方兵を逃すことに徹する。

戦略的な一瞬の判断力、攻撃力、守備力、全部備えた人物が指揮をとらないといけない。

信長陣営でさて誰か?と考えた場合、信長は能力揃っているけど頭なので真っ先に逃げないといけない。他にだれかいるかと考えた場合は、秀吉と家康しかいない、となる。

明智光秀や柴田勝家なんかも候補に上げていいかもしれない。ま、でも、秀吉と家康だろうな、となります。

・・・多分、この三名のトリオは日本の歴史上でも最強のトリオかもしれない。信玄と謙信はこの三名より強いだろうけど単独だし。

今日はこんな感じでおしまいにしておきます。
この三名が歴史の表舞台に立ったところで、来週は本能寺の変をもっかい書きます。

家康の視点での本能寺の変になります。宜しくお願い致します。

さてと朝のコーヒータイム。お疲れ様です。
( ^^) _U~~

PS:
自分の日本史ブログは井沢元彦氏の「逆説の日本史」シリーズの影響を受けて書いております。
よろしかったら、本元もお読みくださいませ。

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トラック解体屋のおじさんが我田引水に歴史を語る、そんなブログです。
ティーダブログからお引越ししてきました。

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