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織田信長と家臣たち/安土桃山時代

(2015年02月22日)
さてと解体屋のおじさんです。おはようございます。
今日も信長の事を書いておこうと思いますが。

そして、信長なんですが、前回述べた「織田信長は多国籍企業の社長、徳川家康は親族経営の社長」の意味を説明しておきたいと思います。
と言いますのも、織田信長の譜代の家臣(昔から仕えている重臣)は柴田勝家、池田 恒興、丹羽長秀の三名。

明智光秀、豊臣秀吉の二人は新参者なのですが、信長が抜擢したのです。
この二人は他家ではありえないほど出世しておりまして、秀吉に至っては足軽から天下取っております。

武田信玄なんかも真田家を支配下に置いておりますが、重臣会議に出席させるほどの権利は与えませんでした。
せいぜい現場の総責任者ていど。前線指揮官としては認めるけど中間管理職までだよ、という扱いです。

これは徳川家も一緒で、酒井忠次・本多忠勝・榊原康政・井伊直政の徳川四天王の四人は昔から仕える譜代の大名です。

織田家というか、織田信長だけが新参者を抜擢して重臣と認めた。

なので、江戸時代の信長の評価はそんなに高くないのです。だって家康も徳川家自体も親族経営の社長だから、徳川家をのっとられかねない新参者を重臣に抜擢とか出来るわけがない。

親族経営の社長というのは、一番大事なのは親族に社長職を譲ることなのです。企業が大きくなるにはそれにこしたことはないけど、基本は家族が一番大事。だから信長は評価されにくい。

ですが、多国籍企業としてみると信長は絶大な評価になります。新参者を抜擢し組織改革を行って、織田家は最初は尾張しか支配してなかったのに最終的には社長交代は有ったけど(豊臣秀吉)全国を支配下に置いた。

尾張って愛知県の西だけですよ。そこから全国を支配下に置くほど大発展した。
加賀百万石の前田利家も織田家の家臣で、加賀/石川県とは全く何も関係ありません。
にもかかわらず、織田信長/豊臣秀吉の功績のある部下だからこそ何の関係もない加賀100万石を手に入れた。

親族経営でそれくらい大発展させきれるか?というと、ものすごい難しい話になります。
有能な部下を抜擢する必要はどうしても出てくる。

家康の場合は信長の同盟者という立場であったので、東海地方の攻略だけに専念しておけばよかったわけです。なので同族経営で大丈夫だった。

信長の場合は京都を永続的に支配下におさめる必要がある(兵農分離の準備)、堺も要所なので納める必要がある、何の看板もなしに上洛するわけにはいかないので足利家の誰かを庇護する必要がある(流れ者の明智光秀が担当)、各地で暴れまわっている宗教勢力の牙を抜く必要がある、足利幕府を滅ぼし新政権を作る必要がある、天下を統一する必要がある、

生きている間にどれだけの課題をこなさなくてはならないか。同族経営では無理な話で、優秀な部下をたくさん雇い抜擢しないと対処できない話になります。

ちなみに信長が部下をほめるとき、一番最初に褒めるのは明智光秀なのです。要所要所で地味ながら活躍しているからね。
秀吉は三人目くらい。柴田勝家とかもいるからね。

さて、今回は信長の偉大さを語る話になりました。本能寺の変は以前に書きましたので、次は秀吉編になると思います。
んー・・・もう一回、本能寺書いても良いかもだけど・・・

まあ、それは後から考えます。朝のコーヒータイム、お疲れ様です。
( ^^) _U~~

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自分の日本史ブログは井沢元彦氏の「逆説の日本史」シリーズの影響を受けて書いております。
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