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日本の土地問題(歴史)室町時代全般と国人

(2014年11月16日)

さてと、解体屋のおじさんです。こんにちは。
今日はですが、足利義教を書こうと思っていましたが、話題を変えまして土地問題と「国人」を書こうと思います。ご了承くださいませ。

いきなりですが、織田上総介信長の「上総介」ってミドルネーム?と思っている人おりませんか?
あながち間違ってもないのですが、正確に言いますと「上総介」は朝廷の租庸調を納める国衙領「上総の国の副長官」という意味です。

ただし、この時代まではまだ武士が上総介を名乗っても僭称(勝手に名乗っている)と言われておりました。

副長官と言われるからには、本物の上総介には部下もたくさんいるわけです。ただ、国衙領は鎌倉時代には守護が検断権を与えられて隣接されており半ば一体化し、室町時代には統治権限も認められたため武力も有るから積極的に国衙領を侵食していき、ほとんどの国衙領は消滅しました。

そう、ここでようやく国衙領は消滅するわけです。室町時代になってようやくと。
でも、武士が勝手に上総介とか名乗るのは継続していきますが。

そして守護は任命制ですので京都に在京していないと首にされかねないため、現地の国衙領の支配下の人たちは現地の領主を中心に物事を決めていくわけです。その現地滞在の領主たちを「国人」と呼ぶわけです。

解りやすく言うと、支店長(守護)はいつも東京に出張しているから、副支店長(国人)に人気が集まるという、そういう図式。

これは荘園でも同じであって、荘官・郡司・郷司・保司の階層からも有力な人物が出て国人と呼ばれるようになっていきます。
また、鎌倉時代に地頭に任命された人たちも、在地で国人と呼ばれるようになっていきます。

戦国時代の地域主権国家の前段階にようやく到達したわけです。道のり長すぎ(^^;;

国衙領はほぼ消滅し、荘園は地頭に侵略中で中には地頭並に力をつけた荘官もおり、守護は京都に在京。

そして社会のシステムは惣領制(優秀なものが全部継ぐ)

戦国に至る条件が整い始めてきました。あとは何かの切っ掛けがあれば戦国時代へと突入しますが。

戦国に突入する以前に、やはり足利義教を取り上げた方が良いかな。
今日はこれにて終了いたします。朝のコーヒータイム。

またです。( ^^) _U~~

PS:
自分の日本史ブログは井沢元彦氏の「逆説の日本史」シリーズの影響を受けて書いております。
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ティーダブログからお引越ししてきました。

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