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日本国王|足利義満編2

(2014年11月02日)
さてと、解体屋のおじさんです。こんばんは。

先週はwordpressを弄りまくってたので、さすがに疲れてダウンしてしまってました。
本日はいつも通り、内地の歴史(主に土地問題)を書きたいとは思いますが・・・でも、土地問題からはあらすじが離れております。

今日は足利義満の話ですので。

室町時代ってのは社会のシステムが「惣領制(一番優秀な人が全部継ぐ)」というシステムなもんだから、怪物めいた人物がゴロゴロ出てくるんですよ。江戸時代は良いも悪いも「長子相続制」なものだから、家督争いとかは行われないのですね。

長子相続制だから、必ず長男が全部継ぐ。亡くなったら次は長男の長男が継ぐ。次男はスペアです。
こう定まっておりますから、家督争いが行われにくい。

んー・・・ここでようやくですが、粗筋から「惣領制」のシステムの欠点を書いておきます。

惣領制ってのは優秀な人物が全部継ぐというシステムです。でも、何をもって優秀とするか?の基準が有りません。
現代だったら「学歴」とか有りますが、室町時代にはそんなものはない。

また、足利義政みたいに政治はダメだが芸術は最優秀な人物とかもいます。そういった人は家督を継げないのか?
また、優秀ではないけど、家督を継ぎたいと狙っている人はどうすればいいのか?

戦国時代に突入する種を、この惣領制は撒き始めていた訳です。

南北朝の時は、北朝がある一族のAという人物に家督を譲ると決定したら、ある一族のBという人物は南朝に味方して家督を継ぐことを認めてもらう。戦争するわけです。
南北朝が合一されたら、しばらくは安定期には入りますが・・・応仁の乱をきっかけに、また元に戻ることになります。

でも、その話は後で。

とりあえず足利義満の話に戻ります。で、足利義満ですが・・・

いきなりですが源氏物語って知ってますか?
物凄い略すると、主人公の光源氏は帝の後宮の女性と親しき仲となり、子供が生まれて、その子が帝に即位、光源氏自身は准太上天皇(上皇)となるという話ですが・・・

小説だからそういう骨董無形な話もあるさ、ハハハハハと笑っているうちはよかったんですが、現実に実行に移そうと思った人がおりまして。
うん、その方こそが足利義満といいます。本気だったらしい。
帝の後宮に勝手に出入りできる人物なんているかあ、という人もいるかもしれませんが、入ってたみたいですよ。義満は(^^;;

というのも天皇の家系図で不思議な動きが有るのです。ま、でも、それは後述します。

足利義満の作った建物に金閣寺がありますが、そこの屋根の上には鳳凰像を頂いております。
「聖天子が現れた、それは自分だ」と主張したかったのでしょう。

時の天皇は後小松天皇ですが、仲は最悪です。でもね、刀持ってる人に公家は対抗できないんですよ。

ちょいといきなり話題がそれますが、日本が一足早く明治維新を成し遂げられた理由ってのは、
江戸時代が官僚化されていたとはいえ、曲がりなりにも武家政権だったから。という意見が有ります。自分もその意見に賛成でして。

欧米列強は銃を構えて我が国に押し寄せてきました。公家や純粋の官僚だと、無理だ、ダメだ、降伏するしかない、っとなってしまいますが、
武家だと「俺も鉄砲もって対抗してやる、負けんぞ」となりますので。

武家ってのは命かけて物事を成す人達ですから、鉄砲向けられても命かけて物事を成そうとするわけです。
だからこそ明治維新を成し遂げられた。

琉球と中国と朝鮮半島は、試験勉強で受かった官僚システムなので・・・また話がよそに流れたな。元に戻しますと、

征夷大将軍を拝命したあとに、南朝と北朝を嘘で言いくるめて合一し、中国皇帝に頭を下げて日本国王を名乗り、刀で朝廷を威圧しつつ鹿苑院で勝手に政務をとり、自分に従わない公家は京都から追放して、

うん、やりたい放題ですね・・・たしか天皇の移動する座席まで勝手に使ってたような・・・(^^;;;;

そして最後の仕上げに「実子義嗣を親王に準ずる形で元服させた」(wikiより抜粋)

つまり、上皇になる寸前までは義満は到達していたわけです。義嗣が即位した時点で、義満は上皇の称号を贈られるわけですから。

というところで、謎の病気にかかった義満はなくなってしまいます。皇統は危ういところで危機を免れた、と。
毒殺説が有力ですが、確証はないです。ま・・でも・・・おそらくは・・・

一応朝廷からは諡号として「鹿苑院太上法皇」を贈られております。その時の征夷大将軍の義持は辞退しましたが。
でも相国寺が過去帳に「鹿苑院太上天皇」と記しているのは事実です。

ちなみに義嗣は兄が既に将軍を譲られていたので失脚してしまいます。兄の義持は弟に天皇を継がせようとする父とは仲が悪かったので。

今日はこんな感じかな。土地問題もそろそろ書かないといけないですが、これは次回に人物像とおりまぜながらまわします。
室町時代は極端な人が多いので・・・避けにくいのです。

コーヒータイムにします。お疲れ様です。

PS:
自分の日本史ブログは井沢元彦氏の「逆説の日本史」シリーズの影響を受けて書いております。
よろしかったら、本元もお読みくださいませ。

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ティーダブログからお引越ししてきました。

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