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今日は番外編・物理と化学と明治政府と沖縄

(2015年06月28日)

さてと解体屋のおじさんです、こんにちは。
以前書いていた「危険物取扱者乙種第四類」は二か月で取得しました。

なので、今日は番外編。
物理と化学と明治政府の関係について述べたいと思います。

ま、たとえば、乙四の物理問題から軽く書きますと・・・

「物質には三形態が有り、固体、液体、気体の三種類ある。固体から液体に代わるのを「融解」といい、液体から気体に代わるのを「気化」という。逆に気体から液体に代わるのを「凝縮」といい、液体から個体に代わるのを「凝固」という。また、気体から個体へ直接変化する、或は個体から気体へ直接変化するのを「昇華」という」

と、乙四の問題に出てくる部分を軽く書きましたが。
これ、日本語ですよね。

つまり英語やドイツ語が読めない人でも理解できるように翻訳している。
この翻訳作業を行ったのが明治政府なんですよ。

明治政府の言語遺産は多岐にわたっており、韓国にはハングルを推奨し、中国には漢字でひらがなに当たる部分を作るように推奨し、また、自国民の教育のために英語/ドイツ語の論文を翻訳していった。

平成の政府のカタカナばっかり使用とはレベルが違う。

自動車という言葉も明治政府の翻訳です。
そんな感じで、日本国民に科学を理解させる最大の功績を上げたのが明治政府だったのです。

明治維新政府は欧米の文化を学ぶことに熱心であり、維新政府の成立後は積極的に科学などの学問を自国語に翻訳していったのです。

ちなみにその素養は江戸時代には培われてあり、解体新書で有名な杉田玄白も医者ではありますが一般人です。

こっから自分にとっても自戒の言葉になりますし、沖縄の人にとって辛口になりますが、それでも書いていきますと。

琉球王国が明治維新政府に負けたのは軍事だけではないのです。
「学ぶことに積極的な姿勢」においても負けていたのです。

琉球王国の歴史を編纂し「中山世鑑」を刊行した羽地朝秀氏は、薩摩閥です。
何故、沖縄の人が自力で歴史書を編纂しなかったのか。

内地は黒船が来航したとき、黒船を自力で作ってやる、と考えた藩は三つありました。
薩摩は大藩だからいいとしても、宇和島藩は愛媛の小さな藩ですよ?なのに提灯問屋が作ってしまった。

なぜ沖縄で出来なかったのか。
薩摩が禁止しているというなら、ターヘルアナトミアの翻訳は、日本より先になぜ行われなかったのか?
翻訳まで薩摩が禁止するとでも?

そこなんですよ。佐久間象山の知行合一が沖縄は出来ていなかった。
だから明治維新政府に負けたのです。
軍事だけではなくて文化でも琉球王国は日本に負けたのです。

このブログ読んでいる人は沖縄の方も多いと思います。
奮起しましょう。

内地と肩を並べて、その上にいこうと、あがいでみましょうよ。
支配されてるから、とか、アメリカのせいとか、日本のせいとか、そんな言葉は全て置いといて、努力しましょうよ。

と、こんな感じのブログになってしまいました。
今日は耳に痛いブログとなったと思います。

でも、おれは沖縄が内地と肩を並べて誇る日が必ず来ると思ってますので、だから耳に痛い話でも聞き入れる度量が有ると、そう信じています。

さてと今日のブログはここまでにします。
コーヒータイム、お疲れ様です。( ^^) _U~~
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moromizato12

Author:moromizato12
トラック解体屋のおじさんが我田引水に歴史を語る、そんなブログです。
ティーダブログからお引越ししてきました。

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